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CM比較で読み解くジェンダー論【第60回ウェビナーレポート】

公開日:2021.08.11 最終更新日:2023.06.20

パネリスト

桑江 令(くわえ りょう)

シエンプレ株式会社 主任コンサルタント 兼 シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所 主席研究員。 デジタルクライシス対策の専門家として、NHKのテレビ番組に出演したり、出版社でのコラム、日経新聞やプレジデントへのコメント寄稿も担当。一般社団法人テレコムサービス協会 サービス倫理委員も務める。

ゲストパネリスト

瀬地山 角(せちやま かく)氏

東京大学教授(東京大学大学院 総合文化研究科 国際社会科学専攻)。 10年間2人の子供の保育園の送迎を一手に担い、今でも毎日の夕食作りを担当するジェンダー論の研究者。 子連れで渡米し、父子家庭も経験した。 日本テレビ「世界一受けたい授業」の東大生100人へのアンケートで東大の人気講義No.1に選ばれたジェンダー論の講義は毎年500人以上で立ち見が出る。 NPO法人の理事として保育所の運営にも参加。抱腹絶倒の講演で日本全国を行脚中。 主な著書に「炎上CMでよみとくジェンダー論」(光文社)など。

父親は家事・育児を「手伝う」べきなのか?

桑江:今回は、ご自身の著書「炎上CMでよみとくジェンダー論」(光文社新書)を基に、実際のCMの場面も比較しながらジェンダー炎上についてのお話を伺います。

瀬地山:著書では、ジェンダー問題に関するCM炎上のパターンを分類しました。炎上の原因として考えられるのは、男女それぞれの性役割分業の現状を追認することと、性に関するメッセージの出し方を誤ったことによる訴求層の分断、または読み間違いです。

桑江:なるほど。

瀬地山:まずは、性役割分業の現状追認について、家族の食事を描いた対照的なCMを見ていきます。
食品会社A社のCMには、母親が子どもたちのために食事の準備をするイラストが出てきました。そこに描かれているのは石器時代をイメージした母子で、なぜか父親は不在です。しかし、そんな時代に核家族があったわけがなく、昭和の高度成長期の家族のイメージを投影しただけではないでしょうか。
つまり、このイラストは「お母さんは何十万年も家族のご飯を作ってきた」という、歴史的に明らかな嘘をつき通すために捏造されたものと言えます。
最終的に、このCMは母子家庭を応援するものだったということが分かりますが、A社に問い合わせたところ、少しだけ登場した父親について「子どもの着替えを手伝う場面を入れて制作しました」という回答がありました。
しかし、男性が家事・育児を「手伝う」と表現した感覚こそ、固定的な性役割分業を容認していると感じます。

桑江:そうですね。

子どもと夕食を作り、仕事から帰る妻を待つ夫

瀬地山:それに対し、問題を見事にクリアしているのが同じ業界のB社のCMです。仕事帰りに保育所へ迎えに行った子どもを連れてスーパーで買い物をした父親が夕食の鍋料理を作り、職場から帰る妻を待っています。
絶対数は少ないかもしれませんが、存在しないわけがないライフスタイルですよね。鍋料理用のインスタントラーメンを宣伝しているので、男性でも簡単に調理できるというアピールもしたかったのだと思います。

桑江:性役割分業に対する双方のCMのアプローチには、かなり違いがある印象です。

瀬地山:A社のCMからは、性役割の現状を後ろ向きに追認し、仕事と家事・育児に1人で奮闘する母親の姿を描くことで女性を応援したつもりになっているという印象を受けました。それに対し、男性の家事・育児能力や女性の仕事への理解を入れ込んだのがB社のCMでした。

桑江:そのように、消費者の受け止め方とマーケティングの意識のずれが大きくなると、炎上という形で表れるということですね。

眠りこけるか育児をするか 車内での振る舞い方で分かれたメッセージ

瀬地山:2015年の出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)によると、18歳から34歳の独身女性が結婚相手の男性に求める条件のうち、「人柄」に次いで多いのは「家事・育児の協力」でした。しかし、男性はそのことに全く気付いていないと思われます。
同じ調査で、男性は女性に「専業主婦になってほしい」とは思っていない人が多く、女性もそう思っていないのに、男性は女性に対して家事・育児の能力や自分の仕事への理解を求めてしまっているのです。

桑江:まさに、ミスマッチだと。

瀬地山:その通りです。次は、自動車会社2社のCMを比べてみましょう。いずれも男性の行動が描かれているのですが、C社のCMは真冬の早朝に妻と子を車に乗せて海に連れ出した夫が1人でサーフィンに興じ、帰路の車内では子どもと一緒に眠りこけています。
サーフィンをするのは勝手ですが、なぜ妻に運転させて眠り込んでいるのか、考えられない発想です。
一方、D社のCMも妻が運転していますが、父親は後部席でしっかりと子どもの面倒を見ています。父親が起きているかどうかで全く違うメッセージを送る結果になっているのが特徴です。

桑江:確かに、ジェンダー問題に対する気遣いが伝わりますね。

「働け」と夫に鞭打つ栄養ドリンクCMの妻

瀬地山:総務省の2016年社会生活基本調査によると、共働き世代の男性が家事・育児に費やす時間は1日平均46分で、女性の4時間54分を大きく下回ります。こんなに差がある状態は個々の家庭の問題ではなく、社会的な問題にすべきでしょう。
企業にとっては「夫」を雇った方が有利ですが、そうして家事・育児に関わらない人ばかりの職場になれば、家事・育児ができない環境の職場をつくってしまいます。その結果、優秀な女性を戦力にできない職場がつくられ、結局は生産性が落ちるということですね。

桑江:男性と女性で家事・育児の時間がこれほどかけ離れている状態を放置した末に生じた現象が、少子化ということなのでしょう。

瀬地山:ただし、性役割分業の現状追認の被害者は、必ずしも女性ばかりではありません。製薬会社E社のCMでは、疲れがたまった様子で出勤しようとする夫に対し、玄関で見送る妻が心配そうな声を掛けますが、「でも、頑張ってね」と栄養ドリンクを渡します。「今日は休んだら?」と言うのが普通だと思いますが、なぜ夫はこんなに恐ろしい目に遭わなければならないのでしょうか。
別の栄養ドリンクのCMでは、妻役の女性の声で「働け」という愛情のかけらも感じられないナレーションが入ります。
これが笑えないのは、男性の自殺者が多いからです。新型コロナウイルスの影響で女性やティーンエイジャーの自殺が増えたのも事実ですが、自殺者全体の3分の2は経済的な悩みを抱えた中・高年の男性が占めています。

桑江:これらの栄養ドリンクCMの世界観は、そうした重圧に苦しむ男性たちを一層追い込んでしまいかねないということでしょうか。

瀬地山:もはや「一家の大黒柱」が成立する時代ではありません。だからこそ、共働きという2本の柱で屋根を支え、子どもを守るわけです。
男性の家事・育児が女性の就労を促すように、女性の就労は男性の命を救うことになるでしょう。つまり、「頑張ってね」「働け」と言っている人たちに働いてもらえば、男性が倒れるまで働く必要はないはずですから。

桑江:性役割分業の現状追認がはらむ問題は、根深いものがありますね。

「女性が見てどう思うか」という視点を忘れずに

瀬地山:もう一方のCM炎上のパターンで、性的なメッセージが批判対象となった場合は、かなり激しい燃え方をします。化粧品やファッションのCMは女性に「より美しくなりましょう」と訴えなければなりません。そうではないCMを作るのはかなり難しいのですが、匙加減を誤ってしまうと炎上します。

桑江:訴求層を分断したり、読み間違えたりすると失敗するということですか。

瀬地山:はい。いくつかの事例がありますが、大手化粧会社F社のCMは「25歳を過ぎたらカワイイをアップデートしよう」というメッセージを送り、大炎上しました。
また、東京都内でファッションビルを運営するG社は素朴なファッションの女性の外見を揶揄し、「変わらなきゃ」と押し付けました。

桑江:訴求層である女性を分断してしまったわけですね。

瀬地山:さらに、訴求層の読み間違いによる炎上が起こる理由は「女性が見たらどう思うか」という視点が欠けているからです。
東北のある県のCMは、起用した女性タレントの描き方があまりにも性的だと批判を浴びて炎上しました。男性の側からの性的なメッセージを万人受けすると思って出すと、見たくない人まで見てしまうかもしれないのでかなり危険です。
訴求層を読み間違えて自治体が大炎上してしまうのはまずいですし、企業の場合もかなり強いコーポレートイメージのマイナスにつながるでしょう。

社会の中にある「半歩先」を描くことが大切

桑江:問題のあるCMが生まれてしまう原因は、制作会社の意識の低さにもあるのでしょうか。

瀬地山:CMが完成したときに「女性社員にも見せたらOKだった」という企業は多いのですが、それだけの関わりで本当のチェックまではできないでしょう。上司がいる前で、部下である女性が「これは絶対にまずい」とは言えないんですよ。そうるすと、おかしなCMが出てくることになります。

桑江:そういうケースが多いかもしれませんね。

瀬地山:今日のキーワードをまとめると「半歩先」です。あまりにも進歩的なCMは現実味を持ちませんが、半歩先を見せれば批判を浴びないという法則が、これまで挙げた一連のCMから見えたかと思います。
今のCMはテレビだけではなく、想定外の人も見るインターネット上に流れてしまうので批判されやすいと言えるでしょう。
ジェンダー問題に関して言えば、半歩先は社会の中にあります。夕食を作って妻の帰りを待つ夫はまだ少ないかもしれませんが、すごく珍しいわけでもありません。
特にジェンダー問題は、半歩先の方向性がはっきりしています。それを描くことで、ある程度の問題は解決すると思います。

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