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2021年の負のネット言論史を振り返る~日本人最大の娯楽”炎上”を理解せよ~【第73回ウェビナーレポート】

公開日:2021.12.15 最終更新日:2023.06.20

パネリスト

桑江 令(くわえ りょう)

シエンプレ株式会社 主任コンサルタント 兼 シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所 主席研究員。 デジタルクライシス対策の専門家として、NHKのテレビ番組に出演したり、出版社でのコラム、日経新聞やプレジデントへのコメント寄稿も担当。一般社団法人テレコムサービス協会 サービス倫理委員も務める。

ゲストパネリスト

中川 淳一郎(なかがわ じゅんいちろう)氏

ライター・ネットニュース編集者。1973年東京都生まれ。97年博報堂入社、CC局(現PR戦略局)に配属。2001年、もはやサラリーマンは無理だと悟り無職になる。そこからさまざまな人との縁からフリーのライター・編集者に。「NEWSポストセブン」編集など、ネット上のコンテンツの編集業務を主な仕事とする。著書に「ウェブはバカと暇人のもの」(光文社新書)、「バカざんまい」(新潮新書)、「電通と博報堂は何をしているのか」(星海社新書)など多数。

誰かの失言を探して追い詰める動きが盛んに

桑江:本日のサブタイトルである「炎上は日本人最大の娯楽」の背景にあるのは、一般人もメディアも誰かの失言や愚行を待ち続け、叩くチャンスを狙っているという状況かと思います。
炎上させたい人は一斉にスクラムを組み、ターゲットを狙い撃ちにして、炎上で収益を上げたり溜飲を下げたりする状態になっているということでしょう。このあたりについて、改めて解説をお願いできますか。

※出典:中川淳一郎著書『炎上するバカさせるバカ-負のネット言論史』(小学館新書)

中川:この10年間でインターネットの利用人口が増え、一般の人が発言する機会もすごく増えました。半面、公の場でうかつな発言をする人もいるわけです。
Twitterがかなり普及した2011年以降は失言を必死に探して追い詰めようとする動きが活発化し、誰かが転落する様を見るのが娯楽になりました。
ネットのニュースサイトが有名人などの炎上事案を記事化し、PVを稼ぐことで収益を上げるようになったのも2011年以降ですね。

桑江:デジタル・クライシス総合研究所の研究結果でも新型コロナウイルスの感染拡大以降、メディアがコタツ記事を書いたり、実際は炎上していないのに「炎上」のタイトルを付けた記事を配信したりしてアクセスを集め、収益を上げるようになっています。
ただ、逆に言えば10年前、15年前まではそういう記事をあまり見なかったと思うのですが。

中川:実は、そういう記事を始めたのは自分です。
ネットのニュースサイトがあまりなかった2006年にAmeba Newsができたのですが、予算もないし編集部員も少なかった中、どうしようかと思って運営会社の社長に相談しました。すると「最近はネット炎上があるし、Ameba blogの芸能人ブロガーの記事も面白いですよ」と言われ、その手があったかと思ったのがきっかけです。
それにいろいろな人が追随するようになり、2013年以降はスポーツ新聞がコタツ記事に手を染めるようになりました。

桑江:なるほど。

元祖「バカッター」はSNS登場以前に出現!

中川:国内初の大規模炎上事案は、2003年に起こりました。炎上の原点で、いわゆる「バカッター」の元祖とも言えるものです。自分の掲示版を持っていた女性が書き込んだ非常識な言動が発端でしたが、みんなが探偵になってネット情報から「この女性が誰か」を突き止めました。住所も本名もすべて探り当てられ、女性はサイトの閉鎖に追い込まれました。
こうした状況は、今のネット炎上とあまり変わりません。炎上して身元がばれ、職場や学校に電話突撃(電凸)が相次いで謝罪などを余儀なくされるという出来事は、2003年からすでに存在していたということです。

桑江:SNSはまだありませんでしたが、要素としては今と変わりませんね。「自分のサイトだから自分のテリトリーだ」という意識があったのかもしれませんね。

中川:「バカッター」は2008年、大手牛丼チェーン店で発生したバイトテロから加速したと思います。ちょっとしたことから店舗が突き止められて本社にクレームが届き、関わったアルバイト従業員は全員解雇されました。

桑江:静止画ではなく、動画だったというのは注目ポイントですよね。

「有名人の失言が金になる」風潮がメディアに定着

中川:「バカッター」は2013年に生まれた言葉ですが、その5年前に動画を配信していたというのは、このアルバイト従業員たちのネットリテラシーは相当高かったと皮肉ることもできますね。

桑江:そして、ネット炎上が頻発するようになったのは2008年、女性歌手のラジオ番組での失言がきっかけだったと思います。ここから、さまざまなメディアでの有名人の失言などがニュース化される動きが広まったということですね。

中川:その騒動のおかげで、テレビ、ラジオ番組での失言はメディアにとって金になるという風潮が生まれました。ネット記事の見出しは一番左から順番に強い言葉を入れていくのですが、過当競争に入りつつあった2008年以降のネットメディアはその手法を使い、ものすごいアクセス数を稼ぐようになっています。
さらに今は、記者がさまざまな番組をチェックし、有名人の発言をすぐに記事化して公開する時代です。

東日本大震災で普及したSNS、その功罪も浮き彫りに

桑江:2011年の東日本大震災を契機としては、SNS上に「不謹慎厨(ふきんしんちゅう)」が登場しました。

※出典:10年間で日本人は進歩できたか? デマと不謹慎厨が跋扈した、東日本大震災を巡るツイッターの空気感から学べること【連載】中川淳一郎の令和ネット漂流記(23)|FINDERS
https://finders.me/articles.php?id=2746&p=2

中川:東日本大震災は、一般の人々がSNSを使うきっかけになったと思います。震災直後は電話もメールも不通だった中でTwitterだけがつながったという神話が生まれ、劇的にユーザーが増えました。
ただ、例えば「被災地の人が苦しんでいるのにおいそうにワインを飲むとは何事か」とワインを紹介する内容を書き込んだ投稿者を叩く「不謹慎房」が生まれました。さらに、その頃は「被災地で収穫された食材を食べて応援しよう」とか「千羽鶴を送ろう」といった自己満足的なツイートもかなり多かったですね。
デマ情報が拡散されて混乱したといったこともありましたが、TwitterなどのSNSがなくなはならないツールになった年だったと思いますね。

桑江:まさにSNSの功罪が浮き彫りになったというのでしょうか。震災時はSNS上でSOSを発信して救助が来たといった功の面もたくさん目にしましたが、不謹慎厨やデマなど罪の面も露呈したということですね。

中川:問題だったのは、「拡散希望」の投稿にリツイートするだけで被災地の人々を助けたという気持ちになってしまったことですね。「フォロワー数が1,000人もいる私が拡散に協力したのだから、被災地の役に立っているはずだ」と主張する人もいました。

バイトテロ再発で囁かれた「バカッターの世代交代」

桑江:2015年7月に浮上した東京五輪エンブレムの剽窃疑惑は、東京五輪の開幕直前まで続いたその後のトラブルの始まりだったとも言えます。

中川:デザイナーの信用を失墜させ、いったん選ばれたエンブレムを撤回させたのはネットユーザーに「公的な決定を覆すのは何という快感なのだろう」という万能感をもたらしたと思います。
その後も、建設費が高過ぎると批判されたスタジアムの白紙撤回や女性蔑視の失言をした組織委員会の会長の辞任、過去の問題発言を掘り起こされた開会式の演出担当者の更迭などが相次ぎました。
私は「ネット人事部」と呼んでいますが、エンブレムをめぐる炎上は、一般のネットユーザーが人事局長のような影響力を持つきっかけになった出来事だったのではないでしょうか。

桑江:リアルな問題行動などがネット上で晒され、名前などが残ってしまうという、いわゆるデジタルタトゥーに関して言えば、バイトテロが頻発して「バカッターの世代交代」があったとされる2019年が1つのヤマになると思います。

中川:2013年のバカッター騒動を経験した若者世代は学校などで指導されたのですが、学校も企業も「さすがにもう、そんなバカなことはしないないだろう」と手を緩めた中で世代が変わり、また復活したのではないかと思います。

桑江:この年は、さまざまな飲食店でバイトテロが発生しました。最終的には問題を起こしたアルバイト従業員を企業が訴えるようになり、そうした対応がスタンダードになっていったとも思います。

中川:企業の間では「我々も被害者である」という言い方をした方がいいという考え方が定着していますね。

増え続ける炎上、禊の付け方も熟考が必要

桑江:そして2020年は、ネット上での自身に対する誹謗中傷を苦にした女子プロレスラーが自殺する事件がありました。

中川:法改正によってプロバイダに対する発信者情報の開示請求がしやすくなれば、抑止力にはなる気がします。
とは言え、お金も地位もない人にとって逮捕されるのは怖くないでしょう。そうだとすると、期待する効果を得にくいかもしれません。

桑江:そうして「次はコイツだ」と標的を変えて楽しんでいるという状況が、まさに「炎上が日本人最大の娯楽になった」ということを表していますね。

中川:問題を起こした後、「あざとい」と受け止められない形での禊(みそぎ)を付け方もしっかり考えるようにすべきだと思います。

桑江:そのあたりは芸能人だけではなく企業も同じなので、意識しなければならないでしょう。
ちなみに、2021年の炎上事案は、現時点で昨年をかなり上回っています。2019年からどんどん増えていて、デジタル・クライシス総合研究所のまとめでは前年比20~30%増で着地する見通しです。

誹謗中傷の「見せしめ逮捕」も発生する?

中川:ネットで宣伝する必要がある材料を持たない公務員やサラリーマンは、うかつな発言で炎上して身元がばれるリスクを負ってもお金にならないということは言っておきたいと思います。
ただ、SNSでは自分と付き合う相手がどんな人なのか分かります。縁を切るべき人を見極めるリトマス試験紙にはなると思うので、投稿内容はよく確かめた方がいいでしょう。
当たり前ですが、炎上などしない方がいいので、ぜひ慎重な情報発信にお気を付けください。

桑江:これまでのネット言論史の変化を踏まえ、これから先はどのように変わっていくと考えていますか。

※出典:中川淳一郎著書『炎上するバカさせるバカ-負のネット言論史』(小学館新書)

中川:ネットリテラシーがあって、パソコンやスマートフォンの操作にも長けた高齢者が増えるでしょう。その結果、自分の経歴を振りかざしながら、やたらと説教をする高齢者が現れて、若者らと衝突する事例が増えると予想しています。
また、誹謗中傷の抑止効果を狙い、警察が「見せしめ逮捕」に踏み切る炎上事件が発生すると思いますし、有名人などを巻き込んだ大型の誹謗中傷案件の裁判が起きれば高額の賠償金を支払うよう命じられるケースも出てくる気がしますね。

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