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度重なるジェンダー炎上…。表出するアンコンシャス・バイアスに企業はどう取り組めばよいか【第83回ウェビナーレポート】

公開日:2022.05.18 最終更新日:2023.06.21

パネリスト

桑江 令(くわえ りょう)

シエンプレ株式会社 主任コンサルタント 兼 シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所 主席研究員。 デジタルクライシス対策の専門家として、NHKのテレビ番組に出演したり、出版社でのコラム、日経新聞やプレジデントへのコメント寄稿も担当。一般社団法人テレコムサービス協会 サービス倫理委員も務める。

ゲストパネリスト

山口 真一(やまぐち しんいち)氏

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授。1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論等。「あさイチ」「クローズアップ現代+」(NHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)等がある。他に、シエンプレ株式会社顧問、東京大学客員連携研究員、日本リスクコミュニケーション協会理事等を務める。

賛否両論が衝突しやすいジェンダーの話題

桑江:まずは、「新聞広告の炎上事例」についてお話ししましょう。
4月4日、豊満な体形の女性キャラクターが登場する青年漫画の単行本発売を知らせる経済紙の全面広告(全国版)に対し、嫌悪感を露わにしたコメントが寄せられました。
ただ、単行本の表紙には女性キャラクターの胸部をより強調したイラストが使われたことを踏まえると、新聞広告のイラストは意識的に抑制した表現だったことが分かります。
全面広告の掲載当日に公開されたWebメディアの記事では、出版社側の「4月4日は新入社員が最初に迎える月曜日です。不安を吹き飛ばし、元気になってもらうために全面広告を出しました」というメッセージも入っていたことがインターネット上で話題になりました。

山口:この事例はWebメディアの記事になったことで、新聞広告を見ていない方も知ることになったという背景があります。
出版社側のコメントを批判している方もいらっしゃいましたので、さまざまな要因が絡み合って騒ぎになったように感じています。

桑江:ある女性ジャーナリストは、オンラインメディアのインタビュー記事で「『見たくない』人にも情報が届いた」など3つの問題を列挙しました。
このメディアは、女性の地位向上を目指す国連組織UNウィメンが問題の広告を掲載した新聞社に抗議し、社外への公式の説明の必要性を指摘したとも報じたのです。
ところが、このインタビュー記事は掲載後のサイレント改ざんが指摘され、女性ジャーナリストもUNウィメンとの関係性を疑う声が相次ぎました。
「表現の自由」という観点で、UNウィメンの抗議に対しては各方面の著名人から多数の批判も寄せられています。
また、この広告に関しては計量経済学者の田中辰雄さんが男女3,154人にWebモニター調査を行い、結果を発表しました。
それによると、この広告に問題を感じている女性は3割程度。年齢が若いほど容認派が増え、「正義」と「言論・表現の自由」の対立軸が働いているように見えます。

山口:客観的な事実を述べると、あの広告に対して批判的な目を向けている方は少ないと言えます。声を上げた人はさらに少ないと思うので、全体から見るとごく少数でしょう。
もちろん、少数の意見だから黙殺していいというわけではありませんが、オンラインではお互いの意見を言いっぱなしになって、ほぼ議論になっていない印象です。ネット上では極端で強い意見を持つ人の方が発信しますし、そうした主張の方が拡散されます。
物事を批判する権利はありますが、その批判を批判する権利もあるので、本来は互いの意見を尊重すべきです。しかし、今回はどちらの意見も相手を強めに否定しているのが残念な点です。
一方、今回の事例で出版社が受けたダメージは一切なかったでしょう。
賛成派が多い中での炎上騒ぎで作品の認知度が向上したため、売り上げへの影響はむしろプラスだったと思います。
新聞広告を批判した人は、最初からこの作品のターゲットではなかったでしょうから。

桑江:なるほど。

炎上時に取るべき対応を準備しておくことが大切

山口:今回の騒動が教えてくれたのは、事前にシミュレーションをしておくことの重要性ですね。
新聞広告のイラストを抑え気味にしたのもシミュレーションに基づく配慮だったと思いますし、炎上騒ぎの後に何の声明も発表しなかったことを考えると、ある程度の批判が出ることは事前に想定していたのではないでしょうか。
最も大切なのは、問題が起こったときにあたふたしてしまい、どっちつかずの対応になることを避けるための準備を怠ってはならないということです。

桑江:企業としては許容範囲を超えた批判、あるいは全く想定していなかった相手からの批判が起こったときに初めて「炎上した」と考えるべきです。
世の中に100%の賛同を得られるコンテンツなど存在しないと言っても過言ではありませんから、どの程度の批判までなら許容できるかを想定して動くことが重要ですね。

山口:おっしゃる通り、批判がゼロのコンテンツなどありません。
差別や暴力、犯罪を誘発するような要素があるかどうかがポイントになると思いますが、今回の広告が犯罪を誘発するとは言い難いように思います。
またこういった例もあります。コンピューターゲームにおける女性キャラクターの肌の露出規制は海外が非常に厳しく、日本は海外に比べて過激な傾向にあります。しかし、性犯罪率は欧米諸国の方が圧倒的に高いわけです。 そういったことも含め、今回の広告のような表現まで規制してしまうときりがないという考え方も大いにあり得るでしょう。
ただし、批判をする権利も、その批判を批判する権利もあるので、お互いに誹謗中傷し合ってはいけないのは間違いないと思います。

SNSではクローズドの場の言動も晒される

桑江:では、もう1つ、「大学講義での炎上事例」に移ります。
4月17日、大手牛丼チェーンを運営するA社の常務取締役企画本部長の男性が、自身が講師を務める大学の講座で、自社の若年女性向けマーケティング戦略をめぐり性差別・人権侵害に当たる不適切な発言をしました。
A社は謝罪文を公表し、翌18日付でこの役員を解任。大学側も謝罪文を表した上で、当該講師を講座担当から降ろすと発表しました。
今回の失言が広がったきっかけは、講座の受講生によるFacebook投稿です。それを見て疑問を感じた人がTwitterに転載し、拡散したという典型的な流れでした。

山口:発言自体はかなりひどく、ジェンダーばかりか人権の観点からも問題でした。本人は冗談のつもりだったと思いますが、そうした冗談を口走ってしまうこと自体、まさにアンコンシャス・バイアスだと感じています。
A社の中には、そういうことを冗談で言ってもいい空気があるのかもしれません。そうだとしたら企業風土の問題でもあるので調査すべきですし、徹底的な社内啓発も求められるでしょう。 ちなみにこの後、A社の株価が下がりました。
元常務はポジティブなインパクトを期待されて外部から招かれたものの、完全にネガティブな効果を生み出してしまったわけですが、今回の事例で注目すべきポイントは、本業とあまり関係のない非常勤講師としての失言で株価まで下がったという点です。
今の時代はクローズドの講義の場でも発言したことが取り上げられて大炎上し、株価に影響を与えることもあり得るので、1つ1つの発言に気を付ける必要があります。
すごく窮屈に感じるかもしれませんが、異常な発言をしなければいいだけの話です。
誰かを深く傷つけるような発言は厳に慎むことが大事だと思います。

個人の失言でも所属企業などの責任が問われる

桑江:今回の事例では、講義を主催した大学側にも「なぜ、このような講師を呼んだのか」という批判が寄せられました。
また、A社が発表した謝罪文は元常務本人が作成者となっていたことが判明しています。
そのこと自体もSNSで拡散されて批判を浴びたため、プロパティ情報に記された作成者の名前は削除されました。
そういう情報までチェックされるのはオーソドックスな流れで、不備が見つかると無駄な指摘を受けてしまいます。

山口:今の時代はどこから火がつくか分からない状態なので、常に注意を払うというマインドが重要だと思います。
さらに、今回の事例で注目すべき点は2つあります。
1つは、A社と大学という元常務が関係する両組織への批判です。元常務はそれまで問題発言を連発していたとは思えず、人格まで事前に見極めることはできなかったでしょうが、外から見る側はそう考えません。
問題を起こしたのが個人であっても、やはり組織の責任が問われるということを改めて認識しました。
もう1つはPDFの作成者についてで、今回のような経緯で炎上が再燃することはよくある話です。
PDFを作成する際はプロパティ情報までしっかり見直して、隙がないかを確認する必要があると思います。
今回の謝罪文はA社として責任を認めている内容なので、誰が作ったかはあまり関係ないのですが、謝罪するときも細部にわたって気を付けるべきです。

桑江:実は最近、A社は立て続けに炎上の事態を起こしています。
まずは、人気漫画とコラボレーションした「お名前入りオリジナル丼」をもらえるというキャンペーンです。
2021年7月に始めた段階では、名入れに関するレギュレーションはありませんでした。
しかし、220日間以上もメニューを注文しなければならない条件を満たした特典の獲得者が現れた2022年3月になってから「本名に限定する」という後出しの決まりを加えたことが批判されたのです。
そもそも周知が不十分だった上、問い合わせを受けたお客様相談室の室長のぞんざいな対応もSNS上で晒されて問題視され、A社は公式サイトに謝罪文を掲載しました。
さらに4月には、採用説明会に予約した大学生を外国籍であると勝手に判断し、参加を拒否していたことが明らかになっています。
このように、一度非難の対象になった場合、芋づる式に新たな批判が出てきてしまうことが少なくありませんが、ネット上の世論に限ってもA社のイメージはかなり悪化したのではないのでしょうか。

アンコンシャス・バイアスはどこでも起こり得る

山口:もはや企業風土が心配になるほどです。
お客様対応が証拠付きで公になるのは20年以上前からあった話で、企業にとって常識になっているはずです。さらに近年は、SNSが普及したことでより一層表出されやすくなっています。
そういう意味で、今回の対応は悪いコミュニケーションの典型です。
今回のキャンペーンの特典獲得者は相当ヘビーなファンのはずなのに、非常に冷たい態度を取りました。企業対応としてはかなり悪かったので、炎上してしまった理由はよく分かります。
もう1つ、外国籍かもしれないというだけで説明会への参加を拒むのは、一番取ってはいけない企業行動です。
国籍による差別は許されませんが、それを平気でやったのはどんな意思決定に基づいてのことだったのかを明らかにする必要があります。
A社は過去に何か失敗した経験があってそうしたのかもしれませんが、だからと言ってすべての外国籍の人を排除するのは差別行為です。
それを理解した上で対応を考えなければならないので、A社は全社的にアンコンシャス・バイアスの研修・啓発を徹底すべきだと思います。

桑江:ジェンダー関連に限らず、アンコンシャス・バイアスはさまざまな場面で起こり得ます。
これまでは水面下の出来事で済んだかもしれませんが、SNSの普及などで簡単に表面化してしまうということですね。

山口:2つの炎上事例から改めて言えるのは、事前にしっかりシミュレーションをして準備をしておきましょうということです。
本業と関係のない場所での言動だったとしても問題になることがありますし、組織の責任が問われる場合もあり得るということを十分承知した上で発信していくことが大事だと思います。

※本記事は2022年5月11日現在の情報に基づいて作成しています。

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