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内部告発の主戦場はSNSに。インフルエンサーとのシナジーが産む新たなリスク。(デジタル・クライシス白書-2022年8月度-)【第91回ウェビナーレポート】

公開日:2022.08.31 最終更新日:2023.06.21

パネリスト

桑江 令(くわえ りょう)

シエンプレ株式会社 主任コンサルタント 兼 シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所 主席研究員。 デジタルクライシス対策の専門家として、NHKのテレビ番組に出演したり、出版社でのコラム、日経新聞やプレジデントへのコメント寄稿も担当。一般社団法人テレコムサービス協会 サービス倫理委員も務める。

パネリスト

前薗 利大(まえぞの としひろ)

シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所 研究員。2011年、シエンプレ株式会社に入社。桑江の元で多くの案件に携わり現場を経験した後、代理店担当としてアサツー・ディ・ケイなどとの協業で、官公庁の他、日本を代表する大企業のリスク対応を多く担当している。

「ナメクジが大発生」 職場に不満の飲食店従業員が内部告発

桑江:まずは「内部告発」の切り口から見ていきましょう。
7月24日、中華料理店チェーンを運営するA社のフランチャイズ店舗に大量のナメクジがいるというTwitter投稿が話題になりました。
投稿主は、この店舗の従業員を名乗る人物です。
店舗の運営体制や店長の態度などに不満があるとして、「ゴキブリやナメクジが大量に出ているにもかかわらず、店長に伝えてもスルーされる」「特定の従業員をひいきしている」といった情報を発信しています。
A社は投稿の翌日、お客様と関係者の皆様へのお詫びと、保健所とも連携して事実関係を調査していることを発表しました。対応のスピードは非常に速かったと思います。

前薗:大量のナメクジがいるという投稿は事実なのかという確証が得られないまま、インフルエンサーが取り上げたことで拡散しました。

桑江:保健所の立ち入り検査でナメクジなどは見つかりませんでしたが、Twitter上では「検査前に厨房を清掃したのではないか」という指摘が相次ぎました。
告発された店舗はGoogleマップで店舗名を暴かれ、「ナメクG店」と表記が改変されるなど荒らし被害を受けたところです。
また、別の店舗のテイクアウトを利用したという人が真っ黒に焦げた餃子の告発写真をTwitterに投稿し、1万回以上もリツイートされました。

告発内容の真偽は置き去りにして燃え広がるネット炎上

前薗:内部告発は本来、企業が窓口を設けて対応するのがファーストステップだと思いますが、インフルエンサーに情報が供与されればより多くの人の目に触れて炎上が起こってしまいます。
いざ炎上が始まってしまうと元ネタが事実かどうかという検証を待たずして広がるため、企業としては注意しなければなりません。

桑江:店舗の状況を最も把握しやすいのがGoogleマップのコメントです。店舗だけでなく、営業所も評価を測れるので、自社のGoogleマップは定期的にチェックするべきでしょう。

前薗:今回の事案では、フランチャイザー(本部側)とフランチャイジー(加盟店側)の責任の所在が割と明確になったと思います。
フランチャイザーは衛生関連の情報発信に徹しましたが、フランチャイジーの発信が不十分で今なお疑義が指摘されているので、危機管理上の役割に応じた発信内容などをしっかり決めておかなければならないと思います。
(※A社は8月25日付で、当該店舗を含む2店舗の運営会社とのフランチャイズ契約を解除。2店舗は8月26日付で閉店。)

あらゆる表現に批判がつきまとうジェンダー問題

桑江:続いてのテーマは「ジェンダー」です。
日用品大手B社の初任給について「男性と女性で金額が違う」と読み取れるツイートが拡散しました。
「なぜ性別で格差をつけるのだろう」と引用リツイートをした人もいましたが、B社はオンラインメディアの取材に「そのような事実はない」と否定。結局、元のツイートの内容はユーザー勘違いだったことが分かっています。
一方、B社の生理用品ブランドの公式Twitterアカウントで発信された「生理のある人」という表現に賛否両論が巻き起こりました。
「とても配慮のある言葉だ」と擁護する意見が寄せられた半面、「女性差別で侮辱です」という批判が上がったのですが、LGBTQを尊重するべき世の中では何をもって男性と女性を指すのかということになります。
今までは「女性」とだけ表現すれば良かったのですが、性的な多様性に配慮したからこその「生理のある人」という表現が否定的に捉えられたという印象があります。

前薗:LGBTQへの配慮がない企業と見られるリスクを考えての表現だったのでしょうが、日本におけるジェンダー問題の難しさが示された事案かとも思います。
多様な価値観はどの立ち位置から見るかでも変わってくるので、今後もジェンダー炎上が続く可能性が十分あるということを考えさせられました。

桑江:事実ではなかったものの、初任給の格差の話題に関してTwitterユーザーにネガティブな感情がくすぶっていたせいで、「生理のある人」という表現が意図しない受け止められ方をしてしまったのではないかと思います。
批判に対してB社側は反論しませんでしたが、企業としては「こういう意図でした」と主張する選択肢もあったでしょう。

前薗:このような指摘を受けたときに「何も考えずに発信しました」となると、一方的な非難を受け入れざるを得なくなります。
どういった意義の下でこの言葉を選んだのかという理由を準備しておかなければなりませんね。

国の事業が相次ぎ炎上 5年前のキャンペーンまで標的に

桑江:ジェンダーをめぐっては、国土交通省が実施するオンラインスクールの講師25人が全員男性であることに対して「女性も障がい者も若者もいない」などの批判が集まりました。
国土交通省は「日程などの都合からこのような形となってしまった」と釈明。「今後予定している交流会などには女性講師をお願いすることも検討している」とし、女性講師による講座を追加しました。

前薗:難しい問題ですが、最初の企画段階でその観点が抜けていたのだと思います。
米アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、作品賞のノミネート資格に「多様性」の項目を設けました。
日本においてもそうした観点での取り組みが強く求められていると思います。

桑江:内閣府の「『おとう飯(はん)』始めようキャンペーン」にも、インターネット上で賛否の声が集まりました。
男性の家事参加を促すため2017年に始まったキャンペーンですが、5年も経って再び注目されたということです。
「家事は女性がするものという固定観念をなくそうとするのはいいこと」などの賛成意見が上がった一方、「女性が料理を作るのは当たり前だったので、『おとう飯』のようなネーミングはない」といった指摘がありました。
このように、過去のキャンペーンなどが引っ張り出されて話題になる事象はこれまでも見受けられます。
現在の社会規範などにそぐわないものは削除しておくべきですし、それが難しい場合はいつのプロジェクトなのかを分かりやすくしておくのも重要なリスクヘッジでしょう。

前薗:炎上の類型の1つに挙げられるのは、過去のコンテンツが掘り返されるパターンです。
ジェンダー関連は世の中の関心が高いので、以前の発信やキャンペーンが指摘を受ける可能性がないか、業務の一環として常に点検しなければならないということを認識しておいた方がいいのではないかと思います。

差別・偏見も動画で告発 抗議した障がい者団体は”返り討ち”

桑江:続いては「差別・偏見」ですね。7月25日、パリの高級レストランのドアマンだった男性が非白人客の入店を拒否するよう店側に指示されたと証言し、人種差別疑惑が浮上しました。
きっかけとなったのは、7月16日に黒人女性3人が入店を拒否された動画をTikTokに投稿したことです。
男性は動画の拡散後に契約を切られましたが、入店拒否については「支配人ら」からの指示で「店の方針」に従っただけと釈明しました。
内部告発をする従業員だけではなく、お客様も動画を撮って発信するケースがあるので、店舗などの対応も気を付けなければなりません。

前薗:消費者がクレームなどをネットに上げる行為はもともとあり、それに内部告発が乗っかってきたということだと思います。
動画は写真より情報量も多いので、注意した方がいいでしょう。最近はTikTok発の炎上も増えていますから。

桑江:NPO法人の障がい者団体C協会が8月1日、テレビの人気バラエティー番組の放送内容を受けて抗議文を送ったことを公式Twitterで公表しましたが、それがネットニュースになるや否や炎上したのは団体の方でした。
騒動を受けてアクセスが集中したC協会のホームページ(HP)には、この障がいの当事者が一度は思った言葉として「生まれてこなければよかった」という記述があり、それが「あまりにもひどい」と話題になりました。
団体はHPの一部を削除・修正した上でお詫びをしましたが、多くの人に「どういう団体なのか」と探られたときに突っ込みどころがあると、このような指摘を受ける場合があります。
団体が炎上したもう1つの要素は、この番組は固定ファンが多いということでした。
自分が好きなものを批判された人は自分事のように感じて言い返したくなり、そこで相手の粗が見つかればカウンター攻撃に出ることがあります。
普段からネット上のファンを増やしている企業・ブランドが炎上リスクを下げられる理由は、まさにそういうことですね。

前薗:抗議文を送ったことを表沙汰にしていなければ、抗議としては成立していた可能性もあります。公のアクションを起こす場合は、そうしたリスクも考えなければなりませんね。

安倍元首相銃撃事件に絡む不適切投稿やCFが物議

桑江:続いては、「安倍晋三元首相関連」です。人気オンラインゲームを展開するD社は7月26日、Twitterの個人アカウントに不適切な投稿をした社員の退職を発表しました。
D社の社員とみられる人物は安倍元首相が銃撃されて死亡した7月8日、容疑者が現場で取り押さえられている写真を添えた投稿を引用リツイート。容疑者を英雄視するような書き込みをしたことを問題視する声が上がっていました。

前薗:従業員がこうした発信をしてしまうと、雇用している企業に飛び火することにもなります。
不適切な投稿をゼロにするのは難しいでしょうが、「そこまでやっていたなら仕方がない」と本人に責任転嫁ができるような予防体制や研修機会を構築しておかなければなりません。
こうした問題はいつ降りかかるか分からないので、今回の事案をぜひ参考にしていただきたいですね。

桑江:全国紙を発行するE社は安倍元首相に弔意を示す特別紙面の制作に向けてクラウドファンディング(CF)を始めました。目標額の500万円を大きく上回る4,000万円が集まっています。
SNS上では「素晴らしい企画をありがとうございます」など賛同者の声が多かったのですが、「故人の名前を使って金儲けしているようにしか映らない」といった批判も相次ぎました。
こうした取り組みは「便乗」と受け取られないようにしなければならないのは当然ですが、集めた寄付金を何に使うのか、あるいはそれにプラスする形で資金を拠出するなど自社の利益のためではないというスキームを理解してもらえるようにしなければなりません。

前薗:CFという手法自体、ユーザーの認識の差異が大きいサービスです。
中立・公正が求められる報道機関としての姿勢を問われることも想定できたと思いますので、あらかじめ気を付けておくべき点だったのではないでしょうか。

「上から目線」 人事部のSNS投稿に批判殺到

桑江:次は「SNS運用」です。愛知県のF病院の人事部看護師採用チームの公式Twitterアカウントが不適切投稿を謝罪しました。
病棟の看護師に「辞めたい」と相談を受けたチームの投稿者が「『目標をもってないからや、なんか目標をもて』と言ってやった」とアドバイスをしたと明かしたのに対し、「公開パワハラ」「人事部が言うこと?」「辞めたい理由も聞かずにひどい返答」といった批判が殺到しました。

前薗:企業の採用活動を左右する人事部の発信は、そもそも上から目線に映りがちという要素があると思います。
それはF病院に限ったことではないので、気をつけていただきたいですね。

誰もが「告発」できる時代 旧感覚の言動が炎上リスクを招く

桑江:最後は「その他」です。メディアショップを全国展開するG社が、最新の家庭用ゲーム機器の抽選販売に対する申し込み条件を「前型機をお売りいただける方」のみとすることを告知しました。
G社は転売対策を理由に上げたのですが、「前型機を持っていなければ新型機を買えないというのはどういうことか?」「なぜ前型機を手放さなければならないのか?」「やりすぎだろう」と物議を醸しています。

前薗:このあたりの線引きは費用に悩ましいと言えます。
確かに、容易に転売できる状態で新型機を販売すれば非難を浴びるかもしれません。ただし、買い取った前型機を再販すればG社の利益になるわけです。
先ほどのCFと同様、「自社は得をしません」という見せ方をするべきだったのではないかと思います。

桑江:ユーチューバーの大手マネジメント事務所H社が主催した8月14日のゲームイベントで、人気ユーチューバーの男性に不審者が抱きつく騒動が起こりました。
安倍元首相銃撃事件の記憶もあってか、警備の甘さを指摘する声が相次いだのですが、F社のイベント運営能力は以前から一般の参加者にも疑問視されていたところです。

前薗:大きい事件などがあった後、それを想起させるような出来事が発生すると危機感が高まります。イベントに限らず、注意していただいた方がいいですね。

桑江:社会の常識などが目まぐるしく移り変わる中、「今までやってきたことが受け入れられるのか?」ということを意識するのは非常に重要です。
今や誰もが「内部告発」の発信力を持っていることもあり、古い感覚のままの言動は炎上リスクを高めてしまいます。
毎回のランチタイムウェビナーを通し、「こんな事象も起こるのか」「こうした理由で批判されるのか」ということを少しでも皆さんに知っていただければ幸いです。

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