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レポート:【第24回ウェビナー】誹謗中傷と表現の自由、その論点~パソコン通信からSNSへの30年~

公開日:2020.11.04 最終更新日:2023.06.20

パネリスト

桑江 令(くわえ りょう)

シエンプレ株式会社 主任コンサルタント 兼 シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所 主席研究員。 デジタルクライシス対策の専門家として、NHKのテレビ番組に出演したり、出版社でのコラム、日経新聞やプレジデントへのコメント寄稿も担当。一般社団法人テレコムサービス協会 サービス倫理委員も務める。

ゲストパネリスト

山本 一郎(やまもと いちろう)氏

1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)前客員研究員を経て、一般社団法人次世代基盤政策研究所 理事、一般財団法人情報法制研究所 事務局次長/上席研究員。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の社会調査、統計解析も行う。「ネットビジネスの終わり(Voice select)」「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。介護を手掛けながら、夫婦で子供4人の育児に奮闘中。

ネット草創期は「バトル」と呼ばれた誹謗中傷

桑江:過去30年でさまざまなメディアが誕生し、ブームを巻き起こしてきました。今回のテーマは「パソコン通信」ですが、山本さんもパソコン通信から始めたのですか。

山本:昭和の終わりからの「草の根BBS」出身です。インターネットを利活用して個人が表現するにはどうすればいいのかということに向き合ってきました。

桑江:その後はYahoo! Japanの登場や個人サイトブームを経て、2ちゃんねるという流れでしたね。何か思い出はありますか。

山本:Windows3.1が登場したタイミングで、本格的にWindows機を触るようになりました。個人が利用できるパソコンの環境が整い始めてから初期のブラウザが普及し、ホームページを作ること自体が1つの能力と言われた時代が長く続きましたが、個人の情報発信は1998年の個人サイトブームまで待たなければならなかったというのは頭に入れておくべきところでしょう。
法人などコンピューターをきちんと使える人がネットを完全に支配していた時代を見てきたので、今の「炎上」は個人の能力を高めるために発展してきた歴史なのだろうと思います。

桑江:私も1998年当時はチャットなどを始めていましたが、大学教授や編集者が普通にやり取りし、ほのぼのとしていた世界でした。それが今や、という話になってくると思うのですが。

山本:パソコン通信の中には大手サーブ、今で言う掲示板の走りのようなものがありました。そこで、日本人がネットを使う際の基本的なマナーのようなものが完成したと思います。
ただ、当時も誹謗中傷や発言者同士のいさかいのようなものは存在し、「バトル」と呼ばれていました。だから、昔と今の違いはさほどないと考えてもあまり違和感はないでしょう。

桑江:いわゆる「ネチケット」が叫ばれていた時代ですね。

山本:ハンドルネームをめぐる匿名・実名論争もありました。パソコン通信で男女関係が生まれて離婚騒ぎに発展する、逆にパソコン通信で「結婚しました」というカップルが現れるなど、ネットの社会化が進んだ時期だったと思います。

2ちゃんねるを契機に社会問題化した個人の表現

桑江:そして1999年、2ちゃんねるがスタートしました。そのあたりから結構、好き勝手に書いていくような流れが生まれたのかなと思います。当時はよく「便所の落書き」とも言われていたと記憶していますが、実際に2ちゃんねるで著作物の無断転載や個人情報の暴露、名誉棄損があり、管理人への民事訴訟もかなりの数に上りましたね。

山本:その頃、私が管理人に代わって対応させていただいた7件ほどの民事訴訟が、全国初のネット上の名誉棄損裁判と呼ばれています。最初の4件程度は示談で終わり、「名誉棄損の内容は削除する」「発信者情報の開示は行わない」という形で着地しましたが、「ネットとの付き合い方は簡単ではない」ということが注目された時期でした。
ネットと表現、もしくはそこに依存している人たちを含めて社会問題になる前兆のような動きが、すでにかなりあったと認識しています。

桑江:ネガティブな話題も多かった中、2004年になると「電車男」が一大ブームを巻き起こすなどネット発のコンテンツが世の中に受け入れられ、かつポジティブな意味合いも含めて広がっていきました。同じ頃にGREEやアメーバブログ、前略プロフィール、mixiなどが注目され、そこからニコニコ動画などのコンテンツに移行していったという流れですね。

山本:iモードのケータイ小説が非常に大きなジャンルになっていったのもこの時期です。個人が表現したものの読まれ方が、普通のニュース記事を読むのとは違う形でどんどん広がっていきました。それらの1つとして意識的に世に送り出されたのが「電車男」でした。

桑江:2005年にはYouTube、2008年にはTwitter、iPhoneが登場し、SNSが夜明けを迎えました。山本さんは早くからTwitterの運用を始められたのでしょうか。

山本:Twitterができたとき、日本人としてはかなり早い段階で登録しました。Twitterの立ち上げに私の仕事仲間が参画していたので、「使ってみてよ」と誘われる形で入らせていただいたのがきっかけです。

桑江:それから10年以上たちましたが、Twitterがここまで広がると予測していましたか。

山本:SNSという形においては設計上、「拡散のためだけに何ができるか」を非常に追求していたメディアだったので「利用されるだろう」とは思っていました。ただ、さすがに米大統領が自らハマるほどの情報発信媒ツールになるとは想像していませんでしたね。

桑江:直近ではTikTokやVTuberも出てきた中、SNSはこの1年間で30%ほど利用者が増えたという調査結果もあります。新型コロナウイルスの影響下におけるSNSないしはネットの意味するところ、存在というのはどのような形で捉えていますか。

山本:一連の流れでいくと、個人がプラットフォーム上で表現したものをうまく流通させるために横展開するという動きで業界が推移しています。ネットの大容量化やスマートフォンの普及により、いかにシームレスでストレスなく情報を受発信できるかということが非常に要求されている時代です。
一方、実際に情報を発信する人は利用者全体の0.6%とか0.8%しかいない中、いかにうまく頭角を現すかということが1つのゲームのようになっていると、すごく思いますね。

桑江:日本においてSNSが見直されたというか、本格的な普及が加速したきっかけは2011年の東日本大震災でした。情報伝達のインフラのような形で使われたと思うのですが、コロナ禍の中ではフェイクニュースやデマの発信・拡散が増えました。そのあたりはどう見ていますか。

山本:ディレクトリ型のニュース発信だったYahoo! JAPANがロボット型の検索エンジンに変わっていくに当たり、いろいろなメディアが情報の出し方を工夫するようになりました。
記事のヘッドラインを作る上で「どうしたら読んでもらえるか」ということを重視するようになり、内容が多少間違っていても過激なタイトルをつければクリック、タップされるという流れが、情報を提供する側の問題としてかなりクローズアップされています。
もっと言えば、インターネットガバナンスに関する政府の介入も問題視される中、フェイクニュースはこれから非常に大きな問題になるので注視していただければと思っています。

「表現の自由」に配慮しつつ、事業者責任も問われそうな誹謗中

桑江:先ほどお話しした「便所の落書き」以降、SNSは誰もが見る場所になり、ある意味、会社や家の玄関に落書きされるようなものに変わっていったのかなと思うところもあります。書かれた本人に届いてしまう確率が、かなり高まったと言えるのではないでしょうか。

山本:SNSがそうした落書きの場を提供している側として責任を問われるようになってきた気がしますね。SNS自体、もしくはそこに関わる事業者自体が問題の責任の一端を担わなければならないという雰囲気になってきたと感じるので、そこは警戒するというか、世論に敏感にならざるを得ないだろうと思います。

桑江:一方で、数々の誹謗中傷が事件として報道されているものの、なかなか減らない、抑止にならないという実態があると思いますが。

山本:正義感や思い込みで繰り返し書いているうちに、自分の考え方が補強されていく人がいます。完全に信じ込んでしまっている人たちに「そうではない」と言い聞かせるのは難しいことです。また、何の気なしに書いてみたら権利侵害、事件になってしまったというケースも複数あり、適切な距離感をつかめない人たちが多いと感じます。

桑江:誹謗中傷をめぐる法的な責任やデジタルタトゥーの問題については、どう思いますか。

山本:単純に権利侵害に関わるかどうかが大切な問題で、書き方が非常に重要になると思います。事象に対しての意見・論評に収まる範囲で線引きし、自分の言いたいことを適切な表現で他人に知ってもらうことが大事かと思います。

桑江:政府、SNS事業者の最新の動きなどについては、いかがですか。

山本:民間企業に対する検閲にならないようにという重要な方針が打ち出されている一方で、権利侵害をされた場合の速やかな保護のバランスをどう取るか。そのために何をするのかは、これから詰めていかれると思うんですよね。
他方、権利を侵害された側がいかにして権利を回復するかに関しては、事業者側に責任が委ねられるでしょう。自由な発言をさせることで事業者側が抱えるリスクも大きくなっているので、そこをいかに軽減するかが今後の議論の主眼になっていくのかなと思います。

桑江:なるほど。

山本:法的措置を取りやすくするようなやり方で自己救済を促しつつ、検閲にならないように法的な配慮をどう講じるかが重要になってくるのではないでしょうか。
制度上の設計で、より今の時代に合わせたバランスにしていくのかが議論されるだろうとみています。その一方、侮辱に当たる線引きは、今後もほとんど変わらないでしょう。

名誉棄損の回避は公益性の担保がカギ

桑江:誹謗中傷に関する直近の議論を見ると、リツイートについては名誉棄損の判決が出ているところですが、「いいね!」はどうなのかと思います。「いいね!」まで、どうやって責任を問うのかというところなのですが。

山本:リツイートはいろいろな方が「賛同の意味ではありません」というようなことを書いていますが、発言の元になっているツイートに名誉棄損性があるのであれば適法ではないとされ、賠償責任が認められるケースも出てくると思います。
「いいね!」に関しても、押した本人がいかに抗弁したところで、いくらかは負ける前提で話を持っていかざるを得ないでしょう。要するに、相手に払わなければいけない金額をいかに減らすかということです。

桑江:企業の公式アカウントが何らかの投稿に「いいね!」を押したことが問題視されて炎上する例もあります。リツイートはもちろん、「いいね!」も意思表示の手段として使われているということは、企業のSNS担当者も理解しておかなければなりませんね。

山本:良かれと思って書いた、もしくは情報提供として書いたものが名誉棄損に当たるということは意外と知られていません。名誉棄損をうまく回避するために必要なのは、公益性をどう担保するかということです。
ネットやSNSなら自分の思ったことを気軽に書いていいという考え方は、これから通用しない可能性があると認識しなければなりません。逆に、書かれる側になるリスクがあることも知っておいていただきたいですね。

桑江:企業として書き込まれてしまうリスクをどう考えればいいのか、あるいは書き込まれた場合はどうすればいいのでしょうか。

山本:炎上の程度が軽いものなどは無視するしかないのが大きなポイントです。ネット上では72時間程度で1つの話題が収束する方向に進むので、炎上の燃料となる追加の話題をいかに与えないかが重要です。
株価暴落に発展しそうな場合は即対応しなければ大変な影響が出てしまう可能性もありますが、単に「炎上しているから」と右往左往して不用意な書き込みをすると、さらに燃えてしまう場合が多いでしょう。
むしろ大事なのは、本来の活動を次々としていく中で、以前に起きたデジタルタトゥーを薄れさせていくというプロセスです。自分の価値のある活動を続けていきながら見返していく、もしくは「過去に起こったことは重要ではない」と認めさせていくことが大事なのは、企業活動も個人も同じだと思っています。

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